かなたブログ

SHISHAMOが大好きで、SHISHAMOの曲にインスパイアされた小説を書いています。昔、SPARK BOXで、『東京タワーの見えるコーヒーショップ』という小説を吉川さんに朗読していただきました。

「ちがう、それは恋じゃない」

今回は、『生きるガール』をテーマに小説を書きました。

主人公は、『生きるガール』という架空の曲を書いた歌手、という設定ですので、朝子ちゃんは関係ありません。

 

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 忙しさはわたしを追いつめる? いいえ、それはノット。わたしが忙しさを追いつめているの。わたしはどんどん忙しさを抱えこんで生きている、半年前から。わたしはカラッカラに乾いたスポンジになった気分だ。いくらでも、忙しさは得られる。

 あいつとの別れが、わたしを変えた。理想を歌うことにこだわっていたわたしが、はじめてわたしの現実を歌にした。自分のことを歌うなんてありえねえ、わたしはわたしが作り上げた世界を歌いたいんだ、なんてね、これ、ちょっと前のわたし。とんがってる、かなり。

 でも、生きるガール。なかなか悪くないと、我ながら思っている。あいつのことを歌った曲を作るのに抵抗はあったけど、わたしのクリエイテビティが逆転満塁場外ホームランだ、バカヤロウ。気づくと歌詞がメロディに乗っていた。

 無意識の贈り物。サイコー。

 わたしは今、生きるガールに続く第二の “あいつソング”を作っている。あいつがいない世界での、孤独と、再起と、希望の歌になるはずだ。失恋に悩む女の子の心に、少しでも届くような曲にしたいなあ。

 今はもうわたし、曲を作るためにしか、あいつのことなんて思い出さない。わたしはすっかり失恋の沼から這い上がり、今日の晩御飯どうしようかとか、くっそくだらないバラエティでゲラゲラ笑うとか、そんな日常を楽しめている。あいつとの恋は、わたしにとってはもう、切り落とされたトカゲの尻尾でしかない。ちょっとだけヒクヒク動いて、あとは干乾びて分解されて消えていく。可哀想に。同情。チーン。

 だから半年ぶりにあいつから連絡があったときは、机の奥底に隠していた三十九点の数学のテストが、数年ぶりにぐっちゃぐちゃになって見つかったような、そんな気持ちになった。しかも、今どき手紙って。あいつ意外と達筆だったんだ、なんて今更なプチ発見もあったけど、内心読むのダルいなあとしか考えてなかった。

 だって半年ぶりにきた別れた彼氏からの連絡、しかも手紙! ぜってー復縁。もしくは貸した金返せ? 何にしてもめんどくさい。

 でもわたし、今は失恋を完治させ新曲に意欲を燃やすキラキラ系独身ミュージシャン(自称)。読んでやろうじゃないの、広い心でさ。んで読んだらゴミ箱にポイすればいいじゃない。記憶も同時にポイ。もしくは、手紙と記憶を同時にシュレッダー。軽い気持ちと、ノリ、これ大事。

 さてさて、元カレ君が送ってくれた手紙を読んであげようかしら。そうやって、わたしなりに身構えて開いた手紙、それを越えてくる衝撃。

 

 ユイへ

 新曲聞いたよ。生きるガール、いい曲だった。

 次はこんな曲作ってくれないかな、死せるボーイ、って感じの、男目線の失恋ソング。

 ごめん、俺から別れようって、言ったのに、ユイが前を向いて、すげえいい曲を作ったのを知って、なんか、俺、胸の奥からモヤモヤが取れなくなった。

 いろんなことが厭になった。

 たまたまユイの住んでいるアパートの前を通った。見るつもりじゃなかったけど、ユイの部屋のベランダには、見慣れた服が干されていて、ヒラヒラと風と共に踊っていた。ユイは俺のことを忘れて、洗濯物も干せている。ヒラヒラと、一人で優雅に舞い踊っている。

 なのに、俺は、いったい何をしているんだ? こんなにクヨクヨしている自分を思うと、つくづく実感するよ。俺はやっぱり、ユイに本気で恋をしていたんだって。

 情けなくて、辛くて、もう厭なんだ、こういうの。

 よくあるセリフだけど、せっかくの機会だから、俺も言ってみようかな。

 この手紙がユイに届くころ、俺はもうこの世界にきっといない。

 今まで、本当にありがとう。俺のことなんて忘れて幸せになってくれ。

                                 T・Kより

 

 あいつは、わたしに今でも恋をしている? だから、わたしがあいつのことを忘れて生きていることが辛い? だから、死ぬ?

 ちがう、それは恋じゃない。

 もし恋をしているのなら、していたのなら、わたしにこんな手紙を送ってくるわけがない。

 あいつにあるのは、ただの、醜い独占欲と執着心だ。

 これでもし、本当にあいつが死んだとしたら、わたしはきっとまた、沼の底に沈んでいくのだろう。いや、死ななかったとしても、わたしはあいつと付き合ったという刻印を、一生胸から消すことはできないかもしれない。

 この手紙は、そういうことを狙って送られたのだ。自分から振ったくせに、あっさり忘れられるのは許せない、腐った性根。どんだけ自分を買いかぶっているのだ。

 でも、わたしは大丈夫。前を向くことができる。何度転んでも、深い沼の底に突き落されても、辛くて泣きたいときも、痛くて負けそうなときも、何度だって這い上がってみせる。そして、わたしの曲を好きでいてくれる人のために、いつまでも、歌い続ける。